● 5月4日スパコミ無料配付 ● ~山陽→→ジュニア~
どうしてこうなった。
東海道の頭の中は、そんな言葉で一杯だった。
東京駅の地下を歩いているところに、丸ノ内から貰った冊子に載っていたパンケーキを見て、ほんの一言「旨そう」と呟いただけなのだ。
それをうっかり目の前を歩く上司に聞かれてしまったのが失敗だったと、今更ながらに思う。
東海道にしてみれば、単なる独り言のつもりだったのだが、偶然それを耳にした上司は、聞き逃さず事などせず、東海道の両手を取って矢継ぎ早に質問をしてきた。
「ジュニア、パンケーキ好きなの?甘いの好きなんだ。クリームたっぷり派?それとも、フルーツ一杯が好き?オーソドックスにバターとシロップ?あ。もしかして、甘くない総菜系の方が好みだったりする?」
「え……あの……」
突然の質問の嵐に東海道はただただ、戸惑うばかりだ。
そうこうしているうちに、何故かこの上司の家にパンケーキを御馳走になりに行く事が決定していた。
そうして、今現在に至る。
「到着!直ぐに準備するから、ジュニアは適当に寛いでてね」
山陽の部屋に通され、部屋の主は東海道を置き去りにして台所へと立て籠もってしまう。
あまり物を置かない自分や兄の部屋とは違い、山陽の部屋は物がたくさんある部屋なのだが、片付けられているからなのか、スッキリとした印象がある。
出された座布団の上にちょこんと座って、そわそわと居心地悪そうに辺りの様子を伺っている東海道に山陽は笑いが隠せない。
「何か、珍しいもんでもあったか?」
「あっ!すみません」
珈琲が入ったマグカップを東海道に出しながら山陽が声をかけた。
悪戯が見つかった子供のように、ビクッと飛び上がった東海道に、山陽は今度こそ我慢できずに吹き出してしまう。
「そんな緊張しなくてもいいだろ」
「緊張なんかしてませんっ!」
「そう?だったらいいや。もうちょっと待っててね。直ぐに焼き上がるからさ~」
うっかり反射的に答えてしまった東海道に、ウィンクを投げかけて山陽は台所へと戻る。
再び身の置き所に困った東海道が、借りてきたネコのようにそわそわと落ち着きをなくしていると、程なくして山陽が戻って来た。
「はい。山陽さん特性パンケーキ。召し上がれ~」
「あ…いただきます」
東海道が山陽に注文したのは、バターとシロップがたっぷりのパンケーキだった。
ふんわりきつね色に焼かれたパンケーキの上に、とろりと溶けかけたバターと、たっぷりかけられたシロップが見た目からも食欲をそそる。
柔らかな匂いと、暖かな湯気につられ、東海道が一口大に切り分けてその欠片を口へと運ぶ。
「……うまい」
ほろりと口の中でほどけたパンケーキは、見た目以上に東海道の好みで、後はひたすら残りを暖かくて美味しいうちにと、勢いよく食べる。
二枚重ねで出されたパンケーキだったが、あっと言う間に東海道の胃袋におさまり、皿にはシロップの残骸があるだけとなった。
「ご馳走様でした。美味しかったです!」
「ジュニアのお口に合ったみたいで良かったよ」
ちょっと心配だったんだーと言う山陽の表情は、言葉と違い嬉しさ満開と言った具合だ。
「山陽さんもパンケーキとか食べるんですね」
「あぁ…何かね、時々いきなり甘いのとかって食べたくなってたりしてさ。そんな時って、買いに行くような時間でもないから、作った方が早いでしょ」
山陽は事も無さ気に言うが、それがいとも簡単にできる事が既に凄い事なのだと思ってしまう。
高速鉄道とは、こんな所も凄いのかと思いかけて、自分の兄を思い出した東海道は、山陽が特別なのだと思う事にした。
「所で、ジュニア」
「はい。何ですか?」
急に表情を引き締めた山陽が、東海道にずずいっと顔を近づける。
山陽が顔を近づけた分、東海道が離れようとするがそんな事はお構い無しで、聞いてきた。
「パンケーキ旨かった?」
「ええ。美味しかったです」
「また、食べたい?」
「そうですね。いつか、機会があれば」
「ジュニアが食べたいって言ってくれるなら、いつでも焼くよ」
「ありがとうございます?」
よく分らないが、とにかく山陽はまた東海道にパンケーキを振る舞ってくれるらしい。
この味が気に入った東海道がそれを断る理由は無いので、素直に礼を言った。
どうやら、山陽は東海道の胃袋から先に掴む作戦へと出たようだ。
結果が出るにはまだまだ時間が必要だろうが、最初の餌付けは成功したので、山陽は心の中で盛大にガッツポーズをする。
おわっとけー
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